どれくらい癒されてるか、ここを見るだけで分かります
心理カウンセリングや心理セラピー、ヒーリングに興味のある人で、これまで誰かのセッションやセミナーを受けてきたとか、なんらかの学びを進めてきた・努力をしてきた、という自負のある人は、
「自分は、どれくらい癒されただろうか?」
をたまに知りたくなります。
癒しがどの程度進んでいるか、自分の変化の度合いを知りたくなるのですね。
これは、さらに自己肯定感を高めるためでもありますし、確認したい純粋な興味でもありますし、変化してなかったらどうしよう…という恐れの表れであったりもします。
変化の度合いを知る、もっとも簡単な方法は
- ◎◎について以前より腹が立たなくなった
- 前は嫌いだったものが好きになった
- 前は言えなかったのに、イヤなことはイヤと言えるようになった
といったような、【以前の自分と比べて】の、感情の変化・嗜好の変化・行動の変化を確認してみることです。
そもそも、心理カウンセリング、心理セラピー、ヒーリングに興味を持ち始めた『きっかけ』があったはずなので、その『きっかけ』となる問題がどの程度解決したか?または、どの程度気にならなくなったか?は、あなたの癒され度合いを簡単にはかれる目安となるでしょう。
セラピストこそ癒されている必要がある
さて、心理カウンセラー、心理セラピスト、ヒーラーと呼ばれる職業の人たちは、
クライアントの問題を二人三脚でいっしょに解決していくことを本業にしていますから(もちろん、解決の主人公はクライアント本人です)自分自身の問題は、日々努力して解決していくことを求められます。
クライアントを癒すためには、自分が癒されていないといけないのです。
クライアントと接しているときには、自分自身の問題とは完全に切り離されて、感情がプラスやマイナスではない「フラットな状態」でいる必要があります。
また、どんなジャンルのどんなテーマが問題として持ち込まれても、そこに偏見やジャッジを差し挟むことなく、ありのまま受けとめていく「ニュートラルな状態」でいられることが求められます。
そのためには、日々のセルフワーク(セルフカウンセリング、セルフセラピー、瞑想など)がとても重要です。
かといって、感情を感じない、というのは違いますよね。
感情を感じられないカウンセラー、セラピスト、ヒーラーはヤバいと思いますから。
そして、ポジティブな感情(喜び、感謝、満足、労わり、ワクワク、etc.)だけを感じているのが良いのか?というと、別にそういうわけではありません。セラピストといえど人間ですから、ネガティブな感情もたくさん感じます。
ただ、癒されている人は、『それらのネガティブな感情にムダに振り回されない』という特徴を持っています。
日々の暮らしのなかで、ネガティブな出来事に直面し、ネガティブな感情もたくさん感じるけれど、それらの出来事や感情の渦に飲みこまれることなく、解決していくすべを知っているのがカウンセラー、セラピスト、ヒーラーであるということです。
人間であるかぎり、癒しや変化に「完璧」や「最終ゴール」はありません。ですから、つねに変化し続ける努力(セルフワークなど自分を見続けること)が大事ということです。
そういったことを含めて書いたのが、これらの記事です。
どのくらい癒されているか?を測る方法
冒頭にあげた、【以前の自分と比べて】の変化をみることのほかに、
もうひとつ、自分の癒され度合いを確認できる方法があります。
それは、「どのくらい笑い飛ばせるか」です。
「癒されている人」というのは、何かイヤな出来事(不幸、不運、理不尽な出来事)があっても、
- 「まあ、そんなこともある」と受け止めて、ショックを受けすぎることがありません。
- そのため、ネガティブな感情にどっぷりつかることがありません。
- 冷静で客観的に、現状把握できます。
- 「この出来事はなぜ起こったのか?」— 分析して、原因追究できます。
- 「この出来事の意味は何か?ここから何を学べるか?」—多面的に解釈することができます。
私がこれまで出会ってきた多くの「癒されている人」は、この1.~5.をサラッと一瞬でやってのけます。
しかも、はたから見ていると、明らかに『楽しんでいる』のです。その状況を、です。
客観的に見て、「え、その状況ヤバくないですか?!なんでそんなに冷静でいられるんですか?」と、ツッコミたくなるようなトラブルであったとしても、「どうしようねぇ~^^」と笑っていたりします。
「笑い飛ばす」「楽しんでいる」という状態のとき、人は体に余分な力が入っていません。
あなたも思い出してみてください。面白いことがあって爆笑しているとき、肩に力が入っていませんよね?すごくリラックスしているはずです。
「癒されている人」がどんなトラブルも笑い飛ばせるのは、現実逃避しているのではありません。
できることは全部やって、人事を尽くして天命を待っているような状態のときは、何が起こってもそれが最高最善にやってくることを知っているので、他人からみれば「トラブル」「不運」「不幸」「理不尽」であったとしても、本人にとっては「最高最善」だと分かっているのです。
だったら、プロセスも含めて丸ごと楽しんでしまおう、と心から思っているので、彼らは笑い飛ばせるわけです。
「笑い飛ばせる」と信じるから解決する
ということは、逆もまた真なりです。
どんなトラブルも、どんな不運も、どんな不幸も、どんな理不尽も、
すべては最高最善である。すべては笑いに変わる。
と根拠もなく先に信じてしまって、「楽しんでしまえ」と気持ちを切り替えて物事を見ることで、新しい発見をすることができます。
特に、上で挙げた1.~5.のうちの、「4. この出来事はなぜ起こったのか?」「5. この出来事の意味は何か?ここから何を学べるか?」は、新しい発見をするために大事な質問です。
どんな出来事にも、原因となるもの(心理的な原因・心理的ではない原因)があります。
原因を取り除いたり、違うものに変えられれば、二度と同じような出来事は起こらなくなります。
また、学びを得ることができれば、やはり原因を根本的に取り除いたり変化させたりできるので、同じ出来事はもう起こらなくなります。
逆に言うと、「何度も同じようなイヤな出来事が起こっている」「不幸や不運がパターン化している」という人は、まだ、原因を取り除けていなかったり、学びを得ることができていなかったりするせいです。
「4. この出来事はなぜ起こったのか?」「5. この出来事の意味は何か?ここから何を学べるか?」を、ぜひ自分によく問うようにしてみてください。
このとき、
すべては最高最善である。すべては笑いに変わる。
と最初から根拠なく思いこんでしまうことがポイントです。体をリラックスさせて、余計な力み(りきみ)がなくなれば、新しい発見(アイデア)が浮かんできます。それが解決につながります。
新しい発見はぜんぶ喜びになり、笑いになる
新しい発見が見つかれば、それは問題を解決するだけではなく、自分を大きく成長させてくれます。
成長の喜びは人間が感じる喜びのなかでも、ひときわ大きいものです。
この一連のプロセスでは、被害者意識は邪魔になります。
被害者意識は、「誰かが代わりにやってくれる」という意識なので、かりに問題が解決しても、学ぶこともなければ成長することもありません。
学べないし成長できないので、同じようなトラブルに見舞われたり、同じような問題に何度も直面してしまいます。
何度も言いますが、もしあなたが何度も同じようなパターンの問題に出会ったり、同じことでいつも悩むのであれば、「この出来事はなぜ起こったのか?」「この出来事の意味は何か?ここから何を学べるか?」を自分に聞いてみてください。
新しい発見(アイデア)を得て、それが問題の解決につながったとき、成長の喜びを感じ、最後はすべて笑いに変わります。
どんなにつらいことも、後から思えば、「なんであんなに苦しかったんだろう?」と笑い飛ばせるようになります。深刻に苦しみ、ウンウンと唸っていた時代が、懐かしく、ほほえましく感じたりするのです。
いまは全然笑い飛ばせないような気分であっても、「絶対、あとで笑い話にしてやる!!」くらいの気持ちで、問題にとりくんでもいいかもしれません。
それくらい、「笑い」って、癒しの重要な目安であり、重要な手段なのです。